お姉ちゃんがいなくなった日

お姉ちゃんが亡くなった日は今も忘れない。2021年7月22日、暑い日だった。ぼくは嫁さんと東京で暮らしていて、姉は千葉に住む父と母の家の近くに暮らしていた。ぼくは嫁さんと出かけていて、携帯を忘れてしまっていたのか、全然みなかったんだ。

そして家に帰ってしばらくして、ふと携帯をみたら、かつて見たことがないほど「父」「母」からの履歴が残っている。

これはただごとじゃない...何があったんだ。とすぐに父に折り返したところ「なんで電話にでないんだ!」と耳がいたくなるほどの大声で怒鳴られたのを今も鮮明に覚えている。

「いや、悪かったよ、なにがあったのさ」って聞いたら「お姉ちゃんが死んだんだよ!」と咆哮のような声、こんな親父の声を生まれてから一度も聞いたことがなくて、内容の前に声で体が震えた。

「は?」としばらく事態が飲み込めなかった。漫画じゃないけど「夢?」って思ったし、まさか自分の人生において親より先に姉貴が死ぬなんて考えられなかったし。

生まれてから感じたことがない不安や恐怖、腹の底から猛烈に吐き気が襲ってきたのを覚えている。

姉貴が病気持ちだったとか、入院してたとか、最近体調が悪かったとか、そういう予兆があればもう少し感情は違ったかもしれないが、本当に突然だった。突然死がこんな若い姉に起きるなんて...なんで?

その日から、ぼくの人生は一変した。棺桶に入ってる姉貴をみたくなくて、ずっと震えてたし、見た瞬間、人生でこんなに泣いたことはないというくらい泣いた。なんで?なんでお姉ちゃんが、ねえ!って何度も話しかけたけど、安らかに眠ってる姿から変わることはなかった。

今、姉の命日から4年が経ってこれを書いているんだけど、いまだに光景が目に浮かんで泣けてしまう。

姉を亡くして以来、どうしても自暴自棄になるときはあったけど、社会人にはそういう時間すら許されないという現実がある。上司は「昔のあなたはこうじゃなかった」とか「あなたらしくない、冷静に自分を見つめ直してください」とか平然という。馬鹿なのか?あなたも同じ目にあってみればいい、と何度も心で思った。

そんな感情のふり幅が大きい喜怒哀楽を繰り返していくうち、だんだんと世の中のことがどうでもよくなってくる。何をやっても、姉みたいに死んでしまったら悲しいじゃないかと。

でも時間というのは不思議なもので、4年経つと徐々に自分を取り戻して何かやりたくなってくるのだ。そこで思いついたのは死ぬまで全力オタクだった尊敬する姉貴の後を追って、自分もオタク道を極めること。

そんな想いから「オタラブ」を立ち上げたのであった。